創作童話

 

飛んだ飛んだ

 

ある日、ママとタミちゃんはお散歩に出かけました。

 

緑地公園まで来ると初夏の風が気持ちよく小枝を揺らしていました。

トンボが飛んできました。

 

「トンボだわ」

 

「あれっ あそこにも」

 

ママとタミちゃんはトンボの飛んでいる所で両手を大きく広げて走りました。まるでトンボになって空を飛んでる気分でした。でも、そのうちトンボは大空高く飛んで行ってしまいました。

 

「ああー」

 

ママは残念そうに青い空を見上げていました。

 

「そうだ、お家に帰ろう」

 

急にママがそう叫ぶとびっくりしているタミちゃんの手をひっぱってドンドン走り出しました。

 

お家に着くとママがタミちゃんに言いました。

 

「手を洗っておやつを食べていてね」

 

そして忙しそうに家中のカーテンやテーブルクロスを外しました。

 

カタカタカタ。

 

タミちゃんがおやつを食べ終わるとなにやらリビングで音がするので見に行くと、さっき外したカーテンやテーブルクロスをミシンで縫っていました。カーテン、テーブルクロス、ベッドカバー次から次へと縫いつないでいました。しばらくするとママが顔を真っ赤にして言いました。

 

「出来たわ!」

 

それは、ひもの付いた大きな大きな巾着袋でした。

ママはそれからキッチンの棚から大きいお鍋と小さいお鍋を持ってきました。大きいお鍋はママが頭にかぶり小さいお鍋はタミちゃんにかぶせました。

 

「これはヘルメットの代わりよ」

 

そう言うとママは作ったばかりの袋をかかえもう片方の手でタミちゃんの手をしっかりとにぎり、スタスタとまた緑地公園に向かってやってきました。

 

公園には先ほどのトンボたちがまた楽しそうに飛び回っていました。さっきよりたくさん飛んでいます。

ママは「静かに」と言うようにお口の前に指を一本立てて小さい声で言いました。

 

「タミちゃんそっちのひもをしっかり持っていてね」

 

タミちゃんはママに言われた通り袋のひもをしっかり握りしめました。

大きく開いた袋の口へトンボたちが入って来ました。やがて袋の中はトンボでいっぱいになりました。

 

「もういいわ!」

 

ママは大きな声で言いました。そしてもっと大きな声で袋のひもを引っ張るように言いました。

袋の口がしっかり締まると、ママはひもを力いっぱいキュッと結んでしまいました。

カーテンで作った大きな袋はまるでふうせんのように大きく膨らみました。口を締められた真っ暗な袋の中ではトンボたちがなんとか逃げようとモゾモゾ動いていました。

するとそのうちママとタミちゃんの足が地面から離れてフワリフワリと浮かびました。

 

「あっ飛んだ!」

「わあ飛んだ」

 

二人が大きな声で叫んだとたん、ドスンとおしりをついてしまいました。

 

「きゃー」

 

「痛いよう」

 

袋の中のトンボが大暴れし二人を地面に落としてしまいました。また飛んでは、また落として。何度も繰り返しているうちにとうとう袋のひものゆるんだすき間からトンボは逃げて空に飛んで行ってしまいました。

お鍋のヘルメットもどこかにころがって行きました。

 

「あーあ」

「あー」

 

がっかりした二人はしょんぼりお家に帰りました。

 

次の日二人はまた緑地公園に行きました。

公園には小さな池がありました。透きとおった池には水草のベッドに眠るトンボの赤ちゃんのヤゴがいました。

ママは子守唄を歌うように優しい声で、そっとヤゴに話しかけました。

 

「ねえ、水の中のヤゴさんたち。お願いがあるの。私たち、お空が飛びたいの」

 

「ヤゴさんたちが大人になってお空が飛べるようになったら私たちに協力して欲しいの」

 

「袋の中に入ってお空を飛んで欲しいの。30分でいいの、いいえ10分でいいわ」

 

「どうか力を貸してね。そして飛び終わったら地面に優しくおろしてね。お願い」

 

次の日も次の日もママは、緑地公園の池の中のヤゴに話しかけました。

 

やがてヤゴたちがトンボになる日がやって来ました。

 

二人はまず準備運動をしました。

そして、ママは今度はお鍋もひもでしっかり頭にくくりつけました。あのカーテンで作った大きな袋は小脇にかかえ、もう片方の手はタミちゃんの手をギュッとにぎりました。

 

「出発!」

「進行!」

 

顔をキリリとさせたママとタミちゃんは足取りも軽く緑地公園に向かいました。

 

池の前で袋の口を開けて静かに待ちました。

するとトンボたちは列を作り袋の中に入って来ました。

袋の中はトンボですぐにいっぱいになり、ママは袋の口のひもをギュッとしめました。

タミちゃんは胸がどきどきして来ました。

 

「タミちゃんしっかりつかまっていてね」

「うん、ママもね」

 

トンボでパンパンになった袋は、ひもにつかまった二人を連れて空へ空へと飛んで行きました。

 

「わあ、飛んだわ」

「ええ飛んだね」

「私たちトンボになっちゃったね」

 

カラスが飛んできて袋を突っつきだしました。

 

「こら!あっちへ行って」

 

見た事もないくらいこわい顔でママがカラスに怒りました。カラスは驚いてしょんぼり遠くに飛んで行きました。

 

「気持ちいいね」

「ママとタミちゃん飛んでるね」

「お家の屋根があんなに小さく見えるね」

「雲に届きそう」

 

二人はトンボのおかげでとうとうお空を飛ぶことが出来ました。

しばらくぽっかり雲のうかぶお空をゆらゆらゆれながら飛んでいました。

それはそれは素敵な事でした。

 

緑地公園に帰ってくると、トンボたちは二人をそっと地面に下ろしてくれました。

袋のひもを解くとトンボたちはゆっくり空へ飛んで行きました。

 

「さようなら」

「ありがとう」

 

ママとタミちゃんはいつまでも空に手を振っていました。

                                                          おしまい 

 

 

迷子のおばけとおばあさん

 

 僕は何処から来たのだろう。 

 僕はいったい誰なんだ。

 

心の中は不安でいっぱいでがポロポロあふれてくる。どうやらここは森の中らしい。

 

真っ黒な闇は僕の心をもっと不安にする。オオカミ達が目を光らせ僕をにらみつけている。だけど、オオカミ達はぼくを恐れているようだ。じりじり後ずさりしてうなり声を上げているだけだ。

 

 誰か助けて。

 僕はどこの誰なんだ。

 

 なぜか僕の体は宙に浮いていて、大きな木の上に止まっていたフクロウにぶつかった。「あっごめん」

僕はすぐに謝ったのにフクロウはびっくりして飛んで行ってしまった。誰も僕を知っているものはいないようだ。何かを思い出そうとしても何も浮かんでこない。

 

 僕は、いったい誰なんだ。

 

どうしてこんな森の中にいるんだ。涙がポロポロ止まらない。いつのまにかオオカミはどこかに行ってしまったようだ。

 

真っ暗い森の中に小さな灯が見えた。そこには古い小さな家が一軒ポツンと建っていた。

 

「あっこんなところに家が・・」

 

嬉しくなった僕は、

 

「こんばんは」「こんばんは」

 

と、声を張り上げ呼びかけた。家の中から小さな声が聞こえた。

 

「はい、はい。お入り。ドアは空いているよ。おお、こんな小さな子供が森の中で迷子になったのかい。」

 

住んでいたのは優しい顔のやせたおばあさんだった。僕は、ほっとして大きな声で泣いてしまった。

 

「おお可哀想に。泣かなくていいんだよ。迷子になってしまったんだね。家が分からなけりゃここにいればいいんだよ。」

 

おばあさんに優しくされて、僕はもっと大きな声で泣いてしまった。

 

「さあ今夜はもう遅い。ベットにお入り。おやっ?。なんて冷たい体なんだい。こんなに冷たい足をして。寒かっただろう。」

 

「あたしは目が見えないのさ。だからお前の顔が見られないんだよ。それにしてもお前の体はなんて軽いんだい。」

 

おばあさんは、しゃくりあげて泣いている僕を抱きしめてくれながらそう言った。おばあさんのベッドはとても柔らかく僕はいつの間にか眠ってしまった。

 

朝、小鳥の声で目が覚めた。朝の光がまぶしいので目をつむっていた。おばあさんは僕に朝ごはんを作ってくれた。不自由な目で、パンを焼いてくれてミルクもコップについでくれた。でも、せっかくおばあさんが作ってくれたごはんなのに僕はどうしても食べたくないんだ。そっと外に出て小鳥にパンをやった。

 

おばあさんは「おいしいかい?沢山お食べ」と、言った。

 

「うん」僕は嘘をついた。おばあさんに悪くて僕は下を向いていた。

 

おばあさんは僕の事は何も聞かず、おばあさんの話をいろいろ聞かせてくれた。

 

「この家でな、あたしは家族と暮らしていたのさ。旦那は働き者で朝早くから暗くなるまで猟師の仕事をしていたのさ。子供も5人もいてなあ。そりゃあにぎやかで楽しい毎日だったよ。

だけど、大きくなると町の学校に行くようになってな、それぞれがすっかり大きくなって働いたり、嫁に行くようになるとこの家を出てしまったんだよ。

その頃、旦那も山で足を滑らしてしまい、その時の大けががもとで死んでしまったのさ。

この家で、ひとりぼっちになってしまったのさ。さみしくてさみしくて泣いて暮らしているうちにとうとう目が見えなくなってしまったんだよ。」

 

「おばあさん」

 

ぼくは、おばあさんにしがみついて泣いた。「なあに。もう慣れたさ。」

 

おばあさんは、毎日楽しかった昔の話を聞かせてくれた。おばあさんの話は僕の心の奥のほうでなぜか懐かしい思いがした。僕はおばあさんの話を聞くのが大好きだった。

 

 僕は、どこから来たのだろう。

 

 僕はいったい誰なんだ。

 

いなくなった僕を心配している家族がどこかにいるんだろうか。

 

時々、おばあさんの子供たちが訪ねて来た。

「よう来たねえ。みんな元気にしているかい?。体には気を付けるんだよ。寒いからそんなに来なくていいんだよ。」

 

おばあさんは、子供たちにいつも優しく声を掛けた。

 

「なあにあたしにはこの子がいてくれるから心配しなくても大丈夫さ。」

 

おばあさんは僕の事を子供たちに話した。おばあさんの子供は、誰もが不思議そうな顔をして家中を見渡し言った。

 

「だあれもいないでしょ。お母さん一人でしょ。しっかりしてよお母さん。」

 

・・・あのう、僕いるんですけど。

 

僕は小さな声で言う。

おばあさんの子供は、僕の事が全然気が付かないらしい。

 

「まあいいわ。また来るからね。火の始末充分気を付けてね。」

 

そんな事を言いながら、急いで自分の家に帰って行った。

 

 僕はいったい誰なんだ。

 

 僕に気が付かないなんて。

 

しょんぼりしている僕におばあさんはお菓子をくれた。

 

「これをお食べ」

 

「ありがとう」

 

だけど、やっぱり食べられない。家の外で小鳥がドアをたたく。毎日僕がパンをやるので待っているのだ。またそっと小鳥たちにお菓子をやった。

 

 

 

ある日、おばあさんが言った。

 

 「もうすぐあたしは死ぬんだよ。お前がいてくれて嬉しかったよ。」

 

僕は胸がどきどきして来た。

 

「おばあさんいやだよ。僕はどうしたらいいの。」

 

僕が泣くとおばあさんも涙を流して、力のない手で僕の手を握ってくれた。そして、消えるような声で

 

「ありがとうね」

 

と言った。僕はびっくりして

 

「おばあさんおばあさん」

 

と呼んだ。だけどもうおばあさんは動かなかった。おばあさんは死んでしまったのだ。僕は泣いた。いっぱい泣いた。僕はどうしていいかわからない。おばあさんのベッドのそばに座っていつまでも泣いていた。すると、死んだはずのおばあさんの声がした。

 

「さあ、行くんだよ。」

 

「ええ!」

 

おばあさんの体はベッドの中で死んでいるのに、透明な体になって僕を抱き上げてくれていた。

二人の体はふわりふわりと浮いた。そのまま空に向かって高く舞い上がって行った。

 

「どこへ行くの?」

 

「いい所さ」

 

「いい所って?」

 

「天国だよ」

 

「天国?」

 

僕は驚いていたが、もう少しも不安ではなくなっていた。

おばあさんの目は見えるようになっていたようだ。もうずいぶん飛んできたようだ。下には二人で暮らした森が見えた。

 

「森の暮らしは楽しかったね」

 

「とても幸せだったね」

 

何度も何度もそう言った。しばらくすると赤い屋根の小さな白い家が見えた。

 

「ママー」

 

僕は叫んだ。あの家の窓辺で泣いている女の人は僕のママだ。ママは黒い服を着ていた。

 

 そうだ・・・。

 

僕は病気で死んでしまっていたのだ。それからずいぶん日が過ぎたというのにママはまだ僕を思い出して泣いていたのだ。

ママ泣かないで。

ママが僕を思い出しては泣いてばかりだったから、僕は天国に行けずに迷子になっちゃったんだ。だけどママはこんなにも僕を愛してくれていたんだね。

 ママ安心して。

おばあさんが僕を天国に連れて行ってくれるって。だからもう心配しないで。僕ももう泣かないよ。

 

ママの子供に生まれて本当に良かった。ありがとうママ。長く生きられず、ママのいい子になれなかったけどとても幸せだった。だんだんママが小さくなって行く。

 

「さよならママ」

 

僕は優しいおばあさんと天国に行ける。今度生まれる時も、やっぱりママの子供に絶対生まれてくる。

 

「さよなら。大好きなママ」

 

 

 

 僕とおばあさんは、ふわふわと高く高く飛んで行った。そして空よりも高い所に飛んで来たようだ。

 

そこは辺りいちめんまぶしい黄金色に輝いていた。足元の白い雲のすき間からは金色の光が何本も差し込んでいた。静かな音楽がどこからともなく聞こえてきた。いい香りのするお花もいっぱい咲いていた。小鳥たちのさえずりも聞こえる。とても心地がいい。

 

「さあ天国の入り口に来たようだね」

 

指をさしながらおばあさんが微笑んで言った。